産婦人科オンラインジャーナル

16週

産婦人科医が伝えたい「妊娠中の旅行」の危険性

最近では「マタ旅」という言葉もあるほど、妊娠中に旅行することが広まってきているように感じます。妊娠中にも旅行へ比較的行きやすくなってきたこともあり、皆さんの中にも「お腹が大きくなる前に行っておきたい!」と思っている方がいるかもしれません。
しかし、産婦人科医としては妊娠中の旅行は推奨し難いもので、様々なリスクがあると考えています。妊娠中の旅行について、医学的な視点での解説と注意点を説明します。

■妊娠中の女性の旅行は、多種多様なリスクが懸念されます

妊娠中は確実に子宮が大きくなってきますし、血液中の凝固能(血液を固めるための能力)も変化しますので、「発生しうるリスク」は少なくありません。
例えば、もともと流早産の徴候があったり、その危険性を指摘された妊婦さんの場合には、肉体的、精神的ストレスによって流早産が悪化することは充分にありえます。また、飛行機や新幹線などの長時間移動では、脱水傾向や安静による血流の悪化から血栓症(血管の中で血の塊ができてしまい血管が詰まるもの、エコノミークラス症候群とも呼ばれます)の発症も懸念されます。さらに、階段からの転倒や交通事故などの「偶然のトラブル」が発生するケースも想定されますが、妊娠中では通常時とは影響の度合いが大きく変わってきます。
これらのトラブルが起きたとき、旅行先では、産科医院に行きたくても、産科医院がなかなか見つからないかもしれません。また、海外では高額な医療費がかかることもあります。
このように、旅行には様々なリスクがある上に、リスクが発生した場合の対処が困難であるという危険性があります。

■過去の報告では、旅行先で病院を救急受診した25%が緊急入院に

2014年の沖縄県立中部病院の報告によれば、沖縄本島を旅行中に体調が急変し、現地で救急受診した妊婦さんは過去10年間に少なくとも約300人います。そのうち4割は「安定期」だったようですが、救急受診の結果、74人が入院となりました。このうち11人はそのまま出産したとのことです。出産となったケースの中で、3人は妊娠5~6か月の妊婦で死産、残り8人中7人が早産になりました。

■旅行する場合は主治医や家族とよく相談を

妊娠初期や臨月付近でなければ、旅行が明らかな悪影響を与えるという医学的証拠はありません。そのため、「絶対にダメ」というわけではありません。
しかし、上述の通りリスクが多く存在します。旅行前に異常な徴候がないかを含めて、主治医に必ず確認するようにしてください。特に、産休が取れる34週以降では、早産となる確率が高くなる時期ですので、旅行には危険な時期と言えます。

産後は大変そうだから今のうちに旅行をしておきたい、という気持ちはわかります。でも、お腹の赤ちゃんに負担をかけてしまう可能性をわざわざ増やしてまで、妊娠中に旅行に行くべきかどうか、ぜひ考えてみてください。産後に、周囲からのサポートをしっかりもらい、お子さんを預けて旅行する方もいらっしゃいますよ。

妊娠中の旅行に関しては、最終的にはご自身の自己判断となりますので、ご家族や主治医とよく相談して検討するようにしましょう。家族みんなで、より良い案を探していけるといいですね。

■もっと詳しく(1):「旅行」と「奇形や流早産」の間の関連

実は、「旅行」と「奇形や流早産」の間には直接的な関連はなさそうとされています。
一昔前までは、旅行による肉体的、精神的ストレスが子宮内の赤ちゃんになんらかの悪影響を与えるのではないかと考えられてきました。例えば、飛行機による高度上空の低酸素や気圧も懸念されていました。しかし、最近の航空機では上空でもほぼ一定の環境に保たれています。
旅行と奇形や流早産の関連性について明らかな証拠は見つかっておらず、旅行と奇形や流早産は、直接的には無関係だろうという考えが現在では主流です。

■もっと詳しく(2):旅行会社には事前の連絡など必要?

もし妊娠中に旅行、特に海外旅行へ行く場合には、航空会社や保険会社ともに制限が多いです。事前に内容を問い合わせておくことが重要です。早めの準備が何よりも大切でしょう。もちろん、妊婦健診を受けている医療機関での許可も確認するようにしましょう。

■参考文献

・当院を受診した妊婦旅行者の問題点. 沖縄産科婦人科学会雑誌 (2185-288X)37巻 Page33-38(2015.03)
・ACOG FAQ. Travel During Pregnancy.

産婦人科医 重見大介

<自己紹介>

「妊娠出産を誰もが明るく前向きに迎え、送れる社会」。
産婦人科の医療現場と、公衆衛生学の視点を通して、このような社会を実現する一助になることを、自身の目標としています。
キッズリパブリックから、皆さんのマタニティライフが少しでも安心で明るくなるよう、応援しています!

<略歴>

2010年 日本医科大学 卒業
2010-2012年 日本赤十字社医療センターで初期臨床研修(産婦人科プログラム)
2012-2017年 日本医科大学付属病院 産婦人科学教室- NICU(新生児集中治療室)、麻酔科を含め関連病院で産婦人科医として勤務
2017年4月 東京大学大学院公共健康医学専攻(SPH) 進学
2018年3月 同大学院卒業
2018年4月~ 東京大学大学院博士課程(医学部医学系研究科 臨床疫学・経済学教室)進学

<保有資格>

産婦人科専門医、公衆衛生学修士。
他に、NCPR(新生児蘇生法)インストラクター(Jコース)、検診マンモグラフィ読影認定(千葉県)。

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